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　この島の、刺すような日の光が苦手だった。すべてを暴くような、何事も隠す事を許さないような、そんな強い光がどうにも好きになれなかった。視界を焼き尽くす、容赦のないそれ。庭先の、極彩色の花の色さえ、白く飛ばされていく。

文机で書き物をしていると、視界がふと暗くなり、頭にトンと知った重さの物が置かれた。早く押さえないと、畳に散らばってしまう。住む所も食べる物も困らないけれど、これが無くなっては困る。贔屓の煙草だけは譲れない。

「声をかけてくれませんか。」

「いつもの事だろ、お勉強してれば？先生は。」

　連絡船の運転士をしている男は、船荷があると狭い島に点在する家に配って回る。

「茶化さないでください。…………いつもありがとうございます。」

「じゃあ、早く、署名ください。あと、手紙もあるから。」

「あ、……ああ、すみません。」

　なんとなくいつもより急いているような気がした。とはいえ、港町と比べればのんびりしているに違いない。

「今日は？すぐに港に帰るんですか？」

「なんで？」

「いえ、いつもより急いでいるように見えたので。」

「小島に届物があるんだよ。」

　この島からほんの少し離れた所にある、小さな社を祀る岩だらけの島には、引き潮の時だけトンボロ現象で細い砂の道が現れる。てっきり、祭事に関わる人々はこちらの島に暮らしていると思っていたから、あの小さな島に人が住んでいると聞いた時は驚いた。どうやら港やこの島からは見えない位置に家があって、ナントカという地図サイトに行けば航空写真にも映っていて、今では驚くことでもないらしい。

「着いて行ってもいいですか？」

「構わないけど。なんもないの知ってるだろ。あと時間厳守。」

「神社があるでしょう？それに人もいるでしょう？」

「それだけだよ。」

「…………。」

「神社にはいるだろ宮司が。何か違ったりするわけ？」

　実際、この島について、何か論文があるわけではない。研究者をよこした記録や研究者用の家はあるものの、大した成果もなく、トンボロ現象でこの島とつながる小さな島に、小さな社が丁重に祀られているというだけで、それ以上の事は何も伝わっていない。同じ界隈の研究者が面白がりそうな、秘祭やら奇祭があるわけでもない。伝わる伝承も、離島にはありそうな話ばかりで、地図にしっかりとあるはずなのに、特筆する事のないこの島は、ぽっかりとここだけ何もないような錯覚すら覚えた。

「好奇心？」

「それ以外にあると思います？それにしても、あなたよく平気ですね。」

「……なにが？」

「太陽を背にして。」

　一瞬、不思議そうな顔をした彼は、それじゃあ、一時に北の入り江で、それだけ言って、出て行った。

　眼が眩むほど明るい景色の中で、足音だけがパタパタと遠ざかって行った。

　届けてくれた煙草の中に、茶封筒が一通混じっていた。大学の見慣れた封筒だった。中身は素っ気ないもので、来年になったら一度大学の研究室に戻る事、春に新しい学期が始まったら、講座をひとつ持って欲しい旨が書いてあった。

「…………。」

　たぶん、調査の成果は期待されていない。

　◇　◇　◇

　運転士と初めて喋ったのは、夜の防波堤だった。まだここの気候に慣れず、昼間の暑さは家の中で一番影の深い隅でやり過ごし、もっぱら夜に外出していた頃だった。それでも湿り気の多い風が、首にまといつく。島をぐるりと囲むように走る道を、一周するのに、一時間もかからない。家の数も両手で足りてしまいそうなほど、小さな島。

　すべてが黙りこくり、昼間はカモメもうろついているはずの船着場も、波の音がするだけで、静かだった。連絡船とは名ばかりの、漁船にそれらしい会社のマークが塗られただけの、小さな船が桟橋に寄せてある。その先の防波堤で、夜釣りをしていた。隣には、見覚えのない、背格好のよく似た人影。人が極端に少ないせいか、知らない誰かがいると、すぐにわかる。おそらく自分も島に住まう人にとっては異分子だろう。人好きのする笑顔で迎えて入れてくれてはいるけれど。

「こんばんは。よく釣れますか。」

　防波堤に並ぶ影に、何気なく話しかけたつもりだった。けれど、振り向いた彼の顔は、暗がりの中でもいささか剣呑な空気をまとっているのが分かった。昼間に見る柔和さの欠片もない。

「あ……、すみません。失礼しました。」

　隔絶された土地特有の、外から来たものへの拒絶が一瞬流れたような気がして、さっさとその場を辞そうとすると、「なんだ、先生も夜釣りするの？」そんな、いつも縁側から聞こえるのと同じ声がした。そのくせ、こちらに向けられた視線は、きついままだ。

「叔父さん、目、怖えよ。」

「…………は？」

　隣に座っていたもう一人の見かけない影が、彼の脇腹を肘でついた。運転士の声に似て、聴き心地が良い、けれど少し若いような声の主は、半分だけこちらを向いた。輪郭だけで、この二人が血縁だとわかる。つい癖でまじまじと見ていると、運転士の方はため息をついて釣竿をコンクリートの上に置き、近くにあったバケツを重ねた。

「引っ越しの時はお世話になりました。煙草も届けていただいて。いつもありがとうございます。」

「…………ああ、先生はもう慣れた？島。」

「あ、…………え？」

「煙草ばっかりだろ、煙食って生きてるわけ？」

「…………まさか。そうだったら楽なんでしょうけど。」

「まあ、……飯の世話なら、坂口の奥さん辺りが焼いてくれそう。」

「そうですねえ、持ってきたカップ麺、ほとんど減ってませんから。」

　当たり障りのない会話は、どこで止めていいのかわからず、切り上げるのが苦手だ。踏み込んでいいのかどうか、その見極めが、今でもよくわからない。

「…………。」

「…………。」

　つい、無言に無言で返してしまって家に帰りたくなった。それとも、いっそ無遠慮に踏み込んでしまおうか。その、剣呑な視線の理由を。

「……何か困りごとでも？」

「あ、いいえ、違うんです。」

　昼間とは違う空気をまとうその理由を聞きあぐねていると、隣に座っていた青年が、糸を垂らしたままでいた釣竿が歪み、カラカラと音を立てた。

「悟浄、ほら、早く、リール回す。」

「え、待って。キツイんだけど。」

「当たり前だろ、向こうは必死なんだから。」

　うまく糸を引けないのか、「悟浄」呼ばれた青年が防波堤の上に立ち、竿ごと引っ張った。「竿、イカれるぞ。」そう運転士が掛ける声は冷静で、慣れているだろう彼が手伝う様子はなかった。呻くような青年の声とは裏腹に、細い月を表に映す夜の海は、白々しいほど静かだった。やがて、波とは違う水音がして、そろそろ魚も抗うのを止めたのかと思っていると、ふっと水の音が消え、宙に浮かんだ歪な菱形の影が、こちらに投げ出された。

「えっ、あっ……っ、」

　勢いの付いたまま、突然目の前にやって来たをれを両手で捕まえると、薄いぬめりの下に硬質な鱗の感触のするそれは、逃げようと手の中で暴れた。鱗に引っかけたのか、触れた指先が痛い。

「こら、ちゃんと網を使えよ。……あ、先生素手は……っ、」

　スマホの明かりで照らされた手元には、灰と黒の縞模様の魚がいた。よく見ると、小さな口から飛び出している針の返しに、指を引っかけたようだった。指の背を伝う細い赤が、やけに鮮やかだった。

「先生……、怪我！」

「え、だいじょ……嘘です痛いです。」

　傷そのものは小さいけれど、今まで海の中にいた魚から、海水が沁みてじくじくと痛い。

「悟浄、バケツ、早く。」

「ごめんなさい、俺まだ慣れてなくて。」

「針に引っかけただけですよ。」

「小屋行くから、片して。」

「わかった。」

　バケツの中に落とした魚は、浅い水の中で、まだビタビタと跳ねている。口や鰓を無為に動かすそれは、無表情のはずなのに、苦しそうに見える。跳ねる度に外された針で空いた穴から血が流れ、滲んでいく。ぽっかりと開いた魚の目の黒が、じっとこちらを見ているような気がしてならない。

「これ何て言う魚です？」

「イシダイ。あー……よかった、毒無いヤツで。」

「そんなに毒ってあるんですか。」

「気をつけるにこしたことはないし、魚の先生じゃないだろあんた。ほら、ボヤっとしない、手当てするから。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

「あー、あー、痛いって言ってたの誰だっけな、さっき。」

　つかまれた手首が痛い。引っ張られるようにして、桟橋のたもとにある、プレハブの小屋に向かう。後ろを振り返ると、かすかに明るい夜の空に細い竿を二本持った青年がゆっくりと追って来た。

　深い闇夜も、波の音も、潮の匂いもまだ慣れない。自分には、まだ現実味のない事が多すぎて、ふと腹の底が冷える。

小屋の中は、最低限生活できるだけの物と、釣り道具くらいしかなかった。寝袋は青年の物だろうか。パイプ椅子に座らされて、あちこちを見ている間に、彼はテキパキと手当をしてくれた。救急箱なんて、研究室にもあったけれど、埃をかぶっていたお着物ようになっていて、紙で手を切っても机の上に適当に置いてある絆創膏を貼るだけだったから、未だにその中身を見たことがない。

「……ここに住んで、……ないですよね。」

「帰れない時の、小屋だよ。今日は釣りだけど。」

「甥御さんと？」

「……ん？」

「さっき、おじさんと言っていたので。あの子。」

「あー…………、うん。夏休みなんだと。」

「学生さんですか？」

「悟浄、おまえまだ高校生？」

「そうだよ。」

　麦茶の入ったプラスチックのコップを小さなテーブルに置いた青年は、まだあどけなさの残る顔で、進学で上京する前に、一度叔父が連絡船で繋いでいる島に来てみたかったのだと言った。夜釣りは今日が初めてらしい。

「叔父さん、イシダイ、氷に浸けておけばいい？」

「あー、一匹だろ、そんなに大きくもないし、食べちまおう。先生、食べてく？刺身とあら汁。」

「いいんですか？魚はいつも断ってしまうので。」

「魚苦手なら無理にとは言わないけど。」

「あ、違います。丸のまま頂いても、僕は捌けないし、料理もろくにできないので。」

「ああ、だからカップラーメンの段ボール。」

「お湯なら沸かせますから。」

「でしょうよ。」

　呆れたようなため息をつく彼の向こうで、よく似た顔の青年が、カセットコンロの乗った簡易の台所で手際よく立ち回っている。流しに乗せたまな板の上で狭いだろうに、ガリガリと鱗を剥いでいる。近くに落ちた、飛び散る鱗の一片を拾ってみると、小指の爪ほどの、楕円とも言い難い、少し歪な潰れた円の中に、虹色があった。

「綺麗ですね。」

「めずらしい？」

「ちゃんと見たのは初めてです。」

「そのうち慣れるんじゃないの。そういうのも。」

「今は、暑さに慣れるのが早いかバテるのが早いかですかね。」

「冬、覚悟しとけ。あと台風。」

　こんな、夏の盛りに言われても実感がない。扇風機が送ってくる生温い風に前髪を吹かれながら、台風が来るのなら、丘の上にある古い平屋は心許ないと思った。納戸に、工具の類が揃っていればいいけれど。

　話している間も、悟浄と呼ばれた青年は鼻歌をうたいながら魚を捌き、ものの五分くらいで、綺麗な刺身の盛られた皿が出された。外で見た時は灰と黒の縞模様だった魚の身は、イシダイと言うだけあって、透けるような白に少しだけ桃色を刷いたような鯛とよく似ていた。

「すごいですね。」

「教えたの俺だもの。」

「でもうまくなってるでしょ？」

「うん。」

　笑い合う二人の家族のような近さの会話の中に、割って入る気は起きなかった。波の音が気にならないほど、パッと賑やかになった小屋は居心地が良かった。こちらに来てから慣れない事が多すぎて、夜の散歩でも紛らわしきれなくなっていた。腹の底に重なっていた澱のようなものが、どこかへさらわれていく。こちらの沈黙はさておいて流れる会話。取り繕うような会話の糸口を無理に見つけなくてもいい。心地の良い声と、口の中で千切れる度に染み出る魚の甘さをただただ感じていればいい。

　なんて、贅沢なのだろう。

「美味い？」

「はい……あの、上手く言えないんですけど。」

「いや、箸が進んでいるから、それでじゅうぶん。釣ったのも捌いたのも悟浄だけど。」

「ヒイラギ以外釣ったの初めてだよ。」

「あれは子供の遊びだろ。」

「煮たら食べるくせに。」

「それは、……魚ですか？」

「そうそう、ついでで釣れるし食べでもないから、市には流れないんだ。」

　子供でも難なく魚を釣る事のできる釣り具の話をしてくれたけれど、自分には縁遠いせいか上手く理解ができなかった。何も言葉を返せないでいると、俺は先生が持ってきた本のどれを読んでもちんぷんかんぷんだろうから気にするなと、笑った。

防波堤で感じた剣呑な雰囲気は、見間違えだったのかと思うほど、微塵も残っていなかった。

　あら汁をつつきながら、気がつくと深夜を回っていた。とめどなく話をし、話を聞いた。ふと訪れる沈黙に、夜の海の静かな波音があった。

「ごちそうさまでした。ありがとうごさいます。そろそろお暇します。」

「気をつけて。暗いから。」

「知ってますよ。」

「街灯ないし、月も沈んだから。」

　今まで、街灯が無くてもさして気にならなかったのは、月のせいか。散歩をする道はいつも薄い青の明かりで照らされている。水面に反映する月の光もあって、暗さを感じた事がなかった。

「スマホかケータイは？」

「……家ですね。」

「懐中電灯なら予備があるけど、持ってく？」

「お借りしていいですか？ちゃんと返しますから。」

「縁側に置いておいてくれたら、煙草届ける時に持って帰るよ。」

　どうせ、昼間は部屋の奥で扇風機とにらめっこでもしているんだろう、と、知ったような事を言いながら懐中電灯を渡してくる彼に、日差しから逃げるように、日の当たらない部屋の隅に文机を置いている事は、どうやらバレていないらしい。

「あの、……お名前を聞いてもいいですか？」

「別に？捲簾だよ。知らなくても不自由しないと思うけど。先生は？」

「天蓬です。」

「よろしく？」

「ええ、こちらこそ。よろしくお願いします。」

「おやすみ。」

「おやすみなさい。」

　台所にいる青年にも挨拶をして外に出ると、彼の言っていた通り、月の無い夜道は真っ暗だった。

　その代り、僕は、頭上に広がる星々のかすかな色の違いを、今さら知った。

　◇　　◇　　◇

　唸る風雨に、釘で留めたはずの雨戸が、嫌な音をたてる。今年はこれで何回目だろう。少し多い気がする。穏やかに見えた海は、いとも容易く荒れる。雨が去ってもしばらく続くそれはたちが悪く、船を動かせないでいる事が度々あった。

「いつも悪いな。」

「あなたあの小屋で台風やり過ごすつもりですか、無理なのはよくわかっているでしょうに。」

「お届け物があるんでね。」

「すみませんねえ、霞が無いと生きていけないんです。」

　海が荒れて港町に戻れなくなった彼を、嵐の夜だけ、家に上げるようになってから、互いに遠慮が無くなるのはすぐだった。今までどうしていたのか聞けば、往復できないと予想でいた時点で船は出していなかったらしい。罪悪感がなかったわけではないけれど、親密と言えそうなこの関係を、それが変じたものだとは思いたくない。

「仙人て死ぬもんなの？」

「知りません。」

「まあ、先生は煙草が切れたら、仕事が進まなくなりそう。知らないけど。」

「おかげさまで。」

　たぶん、来年の夏は、煙草を届けることも無くなるから、気にしないで港に留まっていられますよ、と、ただそれだけを言えばいいのに、言えなかった。もし、あっさり流されたらどうしよう。そんなことを考えて怯えている自分が滑稽で、この男に執着を自覚するのが怖かった。

「なに笑ってるんだよ。」

「笑っているように見えます？」

「笑ってるだろ。」

「とんだポンコツですね。」

「…………は？」

　途切れ途切れのラジオから、かろうじて台風の位置が聞き取れる。小さいけれど強いそれは、島にとっては大ごとだった。むしろ小ささに油断すると泣きを見る事は、ここ数年で痛いほど痛感した。

「懐中電灯は？」

「すぐ使えるようにしてありますよ。蝋燭もありますし。」

「この隙間風じゃ無理だろ。」

「まあ、そうですけど。」

　強すぎる風が、耳に届く音を歪める。磯に寄せて砕ける波の音が、いつもより近い。混ぜ返され、雨に打たれる海がたてる、ゴボゴボという音に、まるで溺れていくようで苦しい。怯えも恐怖もすべてがない交ぜにされる。こんな無様な感情は、いっそ水の底に沈んでしまえばいい。

「眠いなら寝ろ。なんかあったら起こすから。」

「眠いわけじゃないですよ。」

「一晩中起きてるつもりかよ。」

「あなただって眠った事ないでしょう、この家で。」

「枕が変わると眠れないたちなの。」

「うそつき。」

「…………先生、本当にどうした、今日。」

「…………。」

　別に今日だけじゃない。あの手紙が来た時から、ずっと引っかかっている。言えずにいる。聞けずにいる。そんな風に悩む自分が、女々しくて仕方がない。

「……あなたのせいです。」

「へえ……それなら本望だけど？」

「………………。」　

　返そうとした言葉は、一際強く吹き込んだ風にかき消されてしまった。読みかけのまま、文机に置いていた本がめくれ、パラパラと音をたてたかと思うと、しおりの代わりに挟んでいたパラフィン紙も一緒に飛ばされた。白い破片がこちらをじっと見据えるような彼の視線を遮る。

　変な風に折られた、半透明のそれ。

「押し花？」

「…………違います。」

　差し出されたそれを受け取って、中を開けば少しだけ懐かしい物が入っている。虹色の小さな欠片。

「鱗ですよ。」

「……何かめずらしい魚？」

「どうでしょう？僕はあまり詳しくないので。イシダイですよ。」

「この辺でも釣れるよ。」

「知ってます。」

　初めてまともに話をした夜に持ち帰った小さな鱗を、標本用に持ってきたパラフィン紙包んでずっと持っている、とは、言えなかった。鈍い色の電球の下でも、じゅうぶん美しく光る。書斎にしている散らかり放題の部屋で、読んでいる本の中がいつの間にか定位置になっていた。

　彼にとっては別に特別なものでもないだろうそれを、風が入ってくる前に包み直して、本の間に挟んだ。ついでに、もう風に吹かれて開かないように、ガラスの文鎮を上に置いた。

　ザラザラとしたラジオのノイズと、さっきより、また少し強くなった風の唸りを聞きながら、目を閉じた。

　瞼の裏には、鱗の虹色が、まだ少しだけ残っていた。

　来年、この島を出る時は、きれいに、跡形もなく出て行こう。

　まるで、最初から、僕などいなかったように。

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