アブサン
partie/00 その日の彼は、店に入ってくると、珍しく既にカードが始められている中央テーブルではなく、カウンターの方にやって来た。 何かいつもと違う物が飲みたいと言うので、少し考えてから、背後の他なの隅にある細長い瓶を取り出した。 「何よソレ?」 「まぁ、お待ちよ。」 小さ目のグラスに六分目程まで、その緑色の液体を注ぐ。薬草のような匂いがふわりと鼻先をかすめた。コトリとカウンターの上に置くと、彼は、その紅い瞳で、まじまじと見つめてから、静かに手を伸ばした。 「ちょっと待った。まだ、やることがあるんだ。」 伸ばされた手を制止して、ガチャガチャと、引出しの中を探る。確かスプーンと一緒に入れたはずだったのだけれど・・・・・。 彼は、不思議そうに手元を覗く。 やっと見つけたお目当ての物、つまり、ぽつぽつと穴の開いたスプーンに角砂糖を一つ乗せると、先ほどのグラスの上に渡すように置いた。それから、小さなピッチャーにミネラルウォーターを注いで、その横に添えた。 「・・・・・・・何?」 「緑の魔酒、アブサン。」 「あぶさん・・・?」 「そう、アブサン。まぁものは試しということで。上から水を注いでごらん。角砂糖を溶かすようにね。」 彼は、しばらく、グラスとピッチャーを見比べてから、おそるおそる、手を伸ばして、角砂糖の上からゆっくりと水を注いだ。泡の弾けるようなかすかな音と、水のしたたる音が混じって、心地好い。穴の開いたスプーンから零れ落ちた水は、透明な緑の酒を、まるでそれは靄でもかかるように、白く濁していった。二つの透明な液体が交じり合って、全く、違うものへと生まれ変わる。それは、不思議な光景だった。 一口、含んで、その苦味を甘さに、驚いたように少し目を見開いて、あとは、一気にあおるようなことはせず、少しずつ、少しずつ、グラスを開けていった。 その日の彼は、賭けに混ざることはなく、ただ、あの几帳面な同居人のことについて取りとめもなく話して、明け方前に帰っていった。 いつも、水を注ぐ前に、そのきれいな緑を楽しんでから。 →01 続いてしまいます。 8/juin/2001 |